コンサルや銀行に「試算表・資金繰り表を作りましょう」と言われた経営者へ。実は、本当に作るべきはそれらではない?

顧問のコンサルタントや取引銀行から、一度は言われた経験があるのではないでしょうか。
「試算表を毎月作りましょう」 「資金繰り表をきちんと整備してください」
正論です。反論の余地もありません。 ——ですが、多くの中小企業の経営者が、内心こう思っているはずです。
「それが簡単に出来てれば、苦労はしていない」
この記事でお伝えしたいのは、「試算表や資金繰り表を頑張って作りましょう」という、よくある話ではありません。むしろ逆で、そこに正面から取り組む前に、もっと根本的な「土台」を整える方が、結果的に早くて確実だというお話です。中小企業のIT環境構築を長年支援してきた立場から、経営数字の「本当の見える化」とは何なのかを、お伝えします。
「試算表・資金繰り表を作りましょう」と言われて、素直に「はい」と言える経営者はどれくらいいるのか
現場でご支援をしていると、よくこんな話を耳にします。
「銀行さんから、毎月の試算表と資金繰り表を出してほしいと言われているんですよ。作った方がいいのは、もちろん分かっているんです。ただね……」
この「ただね……」の後に続くのが、経営者の本音です。
- 「経理担当が一人で抱えていて、その人に頼むしかない」
- 「月次で試算表を締めるのに2週間かかる。出てくる頃にはもう翌月後半」
- 「資金繰り表なんて、そもそも将来の入出金を整理できる人が社内にいない」
- 「出てきた数字が本当に正しいのか、自分でも判断できない」
- 「毎月やるって、気力的にも事務コスト的にも、正直しんどい」
つまり、多くの経営者は「試算表・資金繰り表が大事」だということは、十分に理解しています。理解していないのではなく、「作れる状態になっていない」だけなのです。
にもかかわらず、世の中のアドバイスは「作りましょう」「可視化しましょう」「経営判断に活かしましょう」と、「作れる前提」の話ばかりが先行しがちです。これが、多くの中小企業の経営者を無言のまま追い詰めている一因だと、私は感じています。
「試算表・資金繰り表が作れない」のではなく、「作れる土台がない」だけ
ここで、問題を正しく切り分ける必要があります。
多くのアドバイスは、「試算表や資金繰り表が作れない経営者」に対して、
- 会計ソフトを導入しましょう
- クラウド会計に切り替えましょう
- 外部に記帳代行を依頼しましょう
- 税理士さんにもっと頼みましょう
- 資金繰り表のテンプレートを使いましょう
といった、「作るためのツールや人・雛形」を提案します。これらは間違っているわけではありません。ただ、本質的な問題の在処を、少しずらしている印象を持っています。
本当の問題は、こうです。
「試算表や資金繰り表が作れない」のではありません。 「それらを作ろうと思ったときに、元になる基礎データが、社内のあちこちに散らばって、あるいは抜け落ちていて、きちんと出てこない」——この状態が問題なのです。
特に資金繰り表については、試算表以上にこの問題が深刻です。試算表は「過去の事実」を整理するので、遡って数字を追えば、時間をかけさえすれば、何とか形になります。一方、資金繰り表は「未来の入出金の見通し」を整理するものなので、日頃から取引先ごとの入金サイト・支払サイト・定期支出などが整った形で蓄積されていないと、そもそも組み立てようがありません。
「来月末の資金はいくら残っているのか?」 「再来月の支払には耐えられるのか?」
この問いに即答できる会社と、できない会社の差は、経理担当の能力差ではありません。日々の業務の中で、将来のお金の動きが見える形で蓄積されているかどうかの、体制の差です。
ツールを入れても、人を雇っても、元になるデータそのものが適切に蓄積されていなければ、結局は「作るために、毎回・毎月、大きな労力をかけて情報を集め直す」という状況から抜け出せません。
これはIT業界でよく知られている、「Garbage in, garbage out(ゴミを入れればゴミしか出てこない)」という原則そのものです。どんなに優秀な会計ソフトを使っても、どんなに腕のいい税理士さんに依頼しても、入力の元となるデータが整っていない会社からは、整った試算表も、信頼できる資金繰り表も出てきません。
これは、会計ソフトや税理士さんの問題ではなく、会社の「データ蓄積体制」の問題です。
経営数字が「出てこない」会社の、共通する3つの特徴
私がこれまで支援してきた中で、「試算表や資金繰り表が出てこない/時間がかかる/信頼できない」と悩んでいる会社には、共通する特徴があります。代表的な3つをご紹介します。
特徴①:データが「複数の場所」に散らばっている
売上データはExcel、仕入データは紙の伝票、入出金は通帳、経費は担当者のスマホの写真、請求書のPDFはメール添付のまま、支払予定は経理担当の手帳——。
このように、会社の基礎データが、複数のツール・媒体・場所に散らばっているケースは、非常に多く見られます。これでは、月次で試算表を集計しようとするたびに「かき集める作業」から始める必要があります。ましてや資金繰り表をまとめようとすれば、「近い未来の入出金の予定」を一箇所に集める仕組みがそもそも無いわけですから、毎月・毎週、膨大な労力を必要とします。
特徴②:入力のルールが、人によってバラバラ
もう一つよくあるのが、「同じ取引でも、人によって入力の仕方が違う」というケースです。
- 同じ取引先の名前が、担当者によって「株式会社○○」「(株)○○」「○○」と表記揺れしている
- 勘定科目の振り分けが、担当者の感覚任せになっている
- 入金予定日・支払予定日の記録が、人によって「請求書発行日」だったり「実際の入金予定日」だったりバラバラ
- 「とりあえずメモ」の項目が、いつの間にか正式な記録として扱われている
こうなると、データは「存在はしている」のに、「集計できる形になっていない」という、最も厄介な状態になります。試算表については会計ソフトで整え直せるとしても、資金繰り表のように”これから起こる入出金”を扱う表は、ルールが揃っていないと、そもそも組み立てる土台が存在しないことになります。
特徴③:「後でまとめる」前提で業務が設計されている
そして最も根深いのが、この特徴です。
「日々の業務の中では、とりあえず動く」→「月末や決算前、あるいは銀行提出前に、誰かが頑張ってまとめる」
——この前提で業務の流れが作られている会社は、非常に多いです。この構造の何が問題かというと、「まとめる」という作業が、特定の人(多くは経理担当や社長自身)に、重い負担として集中することです。
その人が忙しければ、試算表は出てきません。 その人が辞めれば、資金繰り表そのものが誰にも分からなくなります。
これは属人化の典型であり、経営にとって大きなリスクです。資金繰りが「経理担当の頭の中」にしかない会社は、少なからず存在します。これは極めて危険な状態です。
目指すべきは「作る」ではなく「自然と貯まる」——経営数字の見える化の本丸
では、本当に目指すべき姿とは何でしょうか。
答えはシンプルです。
「試算表や資金繰り表を、やろうと思えばいつでも出せる会社」
もっと正確に言えば、
「会社の基礎データが、日々の業務の中で、適切に・自然に・正しい形で蓄積されていく体制が整っている会社」
です。
この体制さえ整えば、経営数字は次のように変わります。
- 試算表は、「毎月2週間かけて頑張って作るもの」から「いつでも直近の状況が把握できるもの」に
- 資金繰り表は、「経理担当の頭の中の属人知」から「会社として共有されている、未来への見通し」に
つまり、試算表も資金繰り表も「作るもの」から「いつでも出せるもの」に変わるのです。
これは、「見える化経営事務所」として私が一貫してお伝えしている思想と、完全に同じ構造の話です。
- 派手なAI活用の前に、会社全体のデータ蓄積体制を整える
- 便利なBIツールを入れる前に、元のデータが整っている状態を作る
- 経営ダッシュボードを作る前に、そのダッシュボードに「正しく流れ込むデータ」を用意する
これらはすべて、「成果物(試算表・資金繰り表・ダッシュボード・AI出力)ではなく、それらを生み出せる土台を整える」という、同じ一つの考え方です。
そして多くの中小企業が見落としているのは、この「土台」は、派手さもカッコよさもない、非常に地味な領域だということです。だからこそ、世の中のコンサルもIT業者もAI業者も、あまりここにメスを入れようとしません。メスを入れるのが難しく、成果も分かりづらく、華やかさもないからです。
ですが、経営の数字が自然と見える会社は、例外なくこの土台が整っています。逆に、どれだけ立派な会計ソフトや最新のAI予測ツールを導入しても、土台が整っていない会社からは、信頼できる試算表も、機能する資金繰り表も出てきません。畑を耕さずに、最新の農業機械だけを買い揃えても、作物は育たないのと同じことです。
ではどこから手をつけるか——「派手なDX」より先にやるべきこと
ここまで読んで、「では具体的に何から始めればいいのか」と感じられた方へ、実務的な話をします。
結論から言えば、取り組むべきは、「社内のデータが、どこに・どうやって・誰が蓄積しているか」を、まず見える化することです。
多くの経営者は、この段階を飛ばして、いきなり「新しい会計ソフトを検討しよう」「kintoneを入れてみよう」「AIで自動化しよう」「資金繰り予測ツールを入れよう」と動きがちです。しかし、自社のデータ蓄積の「現状」が見えていない状態でツール選定に入ると、高確率で失敗します。入れてみたけれど使われない、思ったより手作業が残る、かえって混乱した——こうなる会社を、私は数多く見てきました。
順序としては、こうです。
- 現状の棚卸し:社内のどこに、どんなデータが、どんな形で存在しているかを把握する(売上・仕入・入出金・支払予定・契約情報など、経営数字の元になる全データが対象)
- 散らばりの整理:その中でも、特に「共有フォルダ」や「各ツール間のデータの流れ」を整える
- 入力ルールの統一:誰が入力しても同じ形で貯まるように、ルールを設計する
- ツール・仕組みの選定:土台が見えてはじめて、必要なツールが見える
- 自然に蓄積される体制の運用:特定の人に依存せず、日常業務の中でデータが貯まる状態へ
この順序を守ることで、はじめて「試算表も資金繰り表も、いつでも出せる会社」が出来上がります。
特に1〜3のステップ、中でも「共有フォルダの整理」は、多くの中小企業において、最もコストパフォーマンスの高い第一歩です。派手さはありませんが、「データが散らばらず、迷子にならず、自然と正しい場所に貯まる」という状態は、すべての見える化の出発点です。
まとめ:試算表も資金繰り表も、「頑張って作る」ものではない
本記事の要点を、もう一度整理します。
- コンサルや銀行から「試算表・資金繰り表を作りましょう」と言われても、多くの中小企業にとって、それは簡単な話ではない
- 問題は「作れない」ことではなく、「作れる土台がない」こと
- 特に資金繰り表は、日頃から「将来の入出金」が見える形で蓄積されていないと、そもそも組み立てようがない
- 土台とは、基礎データが、日々の業務の中で、自然と正しく蓄積されていく体制
- この体制さえ整えば、試算表も資金繰り表も、「頑張って作るもの」から「いつでも出せるもの」に変わる
- そしてその第一歩は、派手なAIやDXではなく、社内のデータ蓄積の現状を見える化し、散らばりを整えることから始まる
「試算表や資金繰り表を作りましょう」と言われて、苦しい思いをしてきた経営者の方にこそ、お伝えしたいのです。あなたの会社は「作れない」のではありません。「作れる体制」を、まだ整えていないだけです。そして、その体制づくりこそが、最も地味で、最も本質的で、最もリターンの大きい経営改善だと、私は考えています。
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